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2016.11.16

見透かす・見透かされる <一日一篇の言葉 vol.40>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

今日は
見透かされる

ということについて
書いてみようと思う。

大学の時
60代の劇作家の先生と話していると
なんだか見透かされているようで怖かった思い出。(大学が演劇科だった)
友人の中には
「〇〇先生は嫌いだ、人を見透かすような人間はずるい」
と言っていた友人の言葉が印象的だ。

何が印象的って
なんだか
その先生にしてみたら
ずいぶんと濡れ衣なんじゃないかという気がしたり
或いは
その子が
その先生をそんなに恐れているのかと
印象に残ったり

濡れ衣に思うのは
見透かしていると感じるのは
こちらの方で
あちらではないのである。

あちらがどうなのかなんてわかりようがないわけで
ただ
見透かされているようにこちらで
感じて
そうして
相手をずるいと思っている

なんとも
複雑な誤解のようで
面白いなぁと印象深いのである。

少し話がそれたけれども

そんな風に
見透かしてるように見える
その先生をなんだかすごい人のように
こちらでかってに感じてしまい

何を見透かされたら困るのか
あのとき
怖いと思った
その怖さの正体も
まったく漠然としたもので

でも自分の正体を暴かれるのを恐れていたことは
間違いなく

それを意識していようがいまいが
正体を見透かされることを恐れているということは

少なからず
私も
友人も背伸びをしていたんだろうと思うのです。

そうして

あれから20年以上が立ち
その先生は亡くなられ

私たちは結婚し
子供も生まれ
その子が大きくなってきた。

子供と接していると
その子供の動向や
思考が手に取るようにわかるという事がある
(まぁ、わかると思ってしまうのも危険で
 それも行き過ぎると、実はちがうなんてことも多いので
 娘に尋ねるということは大事にしたいところだか、今はそれはとりあえずおいといて)

小賢しい背伸びや小細工や
細かいあれやこれや
なんというか
見透かしてしまうのである。

でもそれは
ただ
彼女より30歳以上
歳を重ねているというだけの事だったりする。

精神発達年齢というのがあるらしいが
子供の思考回路というのは
単純で
読み取りやすい面がある(あくまでそういう面があるというだけで、多様なんですがね)

そういう
子供の感覚を
こちらは
一度通過しているものだから
なんとなく
想像できたりするんだけど

子供の方からは
こちらのところは
想像もつかないわけで

次元の違いというか

こちらの次元から
あちらはみえるけれど

あちらからこちらは見えないわけである

そうして
自分の子供時代
大学時代を思い出し

見透かされていたんだなぁと
思うのである。

ただ
見透かされていたと同時に
語らなければ決して伝わらない心の内というものもあって
あんがい
こちらが隠そうとしているものなんて
見え見えで
ただただ
そのままの幼稚さでいいから

出会うこと
語らうこと
知り合うことを

次元が違う
先生だって
大人だって

求めていたかもしれないなぁと思ったりする。
相手は寂しかったりするんじゃないかなぁと想像したりする。

・・・

そうして
ここまで書いてふと思ったんだが
占い師という仕事
つづけていると
やっぱり
洞察力というのがついてくる

お客さんが座っただけで
人によっては
なんとなく
職業がわかったり
心情がつかめたりする。

しかし
正直なところ
それは
霊感というやつなのか
経験というやつなのか
わからないのだ

お客さんの中には
「霊感あるんですね。すごいですね」とか
言ってくださる人もいるんだけれども

実のところ
どこまでが霊感で
どこまでが
経験による洞察なのかよくわからなかったりする
(オーラ―のように、あぁ、これは明らかに洞察ではないものねと思える知覚はノープロブレムなのだが、それ以外はどうなのか、そんなこんなもあって、出来るだけ私はタロットや星の言葉に忠実にやりたいなぁと思うんですね。)

私は子供のころ
とにかく人が沢山出入りする環境で育っていて
大人どうして
もめたり
交流したり
時に愛し合ったり
別れたり
泣いたり喜んだり悲しんだり
色々に人間もようを見て育った。

もしかしたら
ふわりといろいろと感じるところも
そういう無意識に蓄積されている
データーバンクによりところだったりするんではないかと
考えることもある。

しかし
つまり

霊感という世界ももちろんあるわけだけれど
あるい程度
沢山の人間の姿に触れたり
あるいは人生経験をしたりすることで

見えてくる世界というのがあって
そのことで
見透けてしまうものというのもあるんだと思うですね。

ただ、
その考えには注意も必要で

人間というのはとかく
「枠」というものを作りたがる生き物で
過去のデーターバンクが
枠となって
(こうであるなら、こうであるはずみたいな形、パターンのようなもの)
相手の本来の姿を見えなくさせるという場合もあり

まぁ、
「枠」と「経験により見透かせるもの」というのは
似ているようで
ずいぶん違い

見透かしているような「気」になってしまう
思い上がりには注意しなければならない

あくまで
「感じること」
を見失わないように
「感じること」が「考えること」にすりかわると
占い師の仕事からそれていくようにも思ったりします。

まぁ
それでも
案外経験の力というのは結構大きくて
占い師のように人の深い心の機微に沢山出会う仕事も少ないわけで
まぁ霊感が強いに越したことはないのだけれど
まじめにお客さんと向き合い続けて何十年という
占い師さんの経験による視野というものは
案外、若人にとっては
魔法使いみたいに常人離れしている不思議なものに見えるのではないだろうか
とか
想像したりする。

今日も読んで下さってありがとうございます。
いい一日を。

たまには
じいちゃん、ばあちゃんのも
聞かないとなぁとか思いました。

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『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。