2016.06.28

カオスと希望  

                             2016年後期「12星座運勢」も見れるよ⇒
新しい事や                              
理想を実現しようとするとき

すんなりと実現することもあるかもしれないけれど
多くは
嵐を通過するものだと思う。

きっと出来れば
辛い事や
混乱や想定外の出来事に逢わずに
安全に

でも今より素晴らしい世界で暮らしたいと
思うものなんじゃないだろうか。

でも
よりより生活に変化しようとするということは
それまで続いてきた
もうオートマチックにになって
当たり前のように存在する

習慣や
暗黙に出来上がったルールや
慣れ親しんだ日々のリズムなんかや
或いは
もうなんも考えずにツーと言えばカーと言ってきた
呼吸のような関わり合いとか

そうやって
そこにあるものとして
定着したものも
もしかしたら

変化するという事であって

つまり
生きるという事は
沢山の人や物事が絡まり合い
成り立っていて

何かが変化するということは
色んな事が
波紋のように変化する。

ここのこの部位だけ切り取ってどうにか

とはならない訳で

だからこそ
何かを改善するということは

嵐を巻き起こす。

新しいものを受け入れるためには
習慣や癖や当たり前の事を変えねばならず
それはもう
多くの反発や
軋轢や
居心地の悪さや
バランスのとれた人間関係に生じる不協和音や

色々と
固まって安全であるはずの形が流動的になるわけで

そういう事を思うと

それがより良い幸せに向かう行為であっても
改善する
新しいものを生み出すという行為には
嵐という
おまけがついているのかもしれない。

でも
でもずっと嵐のままでは人間はいれないわけで
或いはぬかるんだ土壌は
新しい形に合わせて流動的に変化するのに適していても
やはりいずれ
固まるわけであって

嵐は
いずれ止むものなのだろうと思うのです。

仮に
今の現実が不幸に思えても
ぐちばかり毎日つぶやいているような日々でも

では
思い切って
この現実を変えようと
踏み出せない理由は
こうした事にあるのだろう。

しかし、

本当は
人生は流転しており

固まった足場は
いつか必ずまた流動的に変化するときが来るわけで
或いは
決して失いたくない
失わないだろうと思った
人と人とのつながりも
やはり
かならず失われていくのであって

それが
5年後かもしれないし
40年後かもしれないし

でも
変化することを
「変化しないもの」という前提で考えていると

ひたひたと
変化の足音が近づいて来たときに
恐れおののいて
世界の終りのように
絶望したり
なんのために生きて来たのかと
失望したりするのかもしれない。

幸せ向かって
積極的に生きるにしろ

消極的に
今ある幸せを守りながら生きるにしろ
(守りに入る事が消極的なのかどうかは疑問ではあるが、それはおいおい考えたい)

「変化するものなんだ」
と考えることは
幸せに暮らすための
いい鍵だろうと私は思う。

積極的に生きる人にとっては
変化するものだという事は
嵐を受け入れる力になるだろうし

消極的に守りに生きたとしても
変化するものだということは
今、変わらずあるこの暮らしに
ありがたいと感謝して
日々を大事に生きる事に
つながるのではないだろうか。

なんて事を考えた本日。

というのは
今日のホロスコープをぼんやり眺めていて
土星と海王星のスクエアがタイトなのが引っ掛かった

まぁ、これは、今日だけの事ではなく
ここ数年な配置で
なんどもタイトには
なっているんだけれど

この
世界の枠組みが溶解されていくような
足場がどろどろになって
こうであったはずの世界が変化していくような
そういう事を連想させる配置。

射手座と魚座の配置であるところを思うと
溶解される枠組みは
信じていた理想や在るべき理念のようなものなのだろう
多様な価値や考えや事実や
そうしたものが隠し難く表出するとともに
世界を牛耳っていた理念や考えが溶解していく

さらに今年は柔軟宮に星が集中し
まさに物事が
変化していくプロセスの年であろうと

そういう只中に
そういう時代に
生きているんだなぁ。

最近のニュースや世情に思いをめぐらせつ
思いを馳せた。

でも
そうしたカオスそのものが

もしかしたら
新しい時代ヘの希望でもあるのかもしれない。

2016.06.17

2016年後期 魚座 運勢

今年の魚座は
何から立場の変化を経験しているはず。
それに伴い
責任を感じている人もいるだろうし
振る舞いや考え方も変えていく必要をかんじているだろう。

ただ
そこには
「あぁはなりたくない」という
誰かや何かに対する反抗心のようなものが付きまとう。
それが葛藤となって
妙に力が入り
新しい立場への適応に葛藤を及ぼしている事を想像する。

でも
前半は葛藤しつつも
立場が変化した事で
今まで偏見で見えていなかった相手の姿や環境が見えてきたりして
今までとはまたちがう
真の協力関係とでもえるものを出逢った人も多いはず。

そうして今年の後半は
あらためて
自分ひとりで生きている訳ではない事を実感する出来事に出逢う機会がありそうだ。

それは表面的なものではなく
踏み込んで与えてくれている、またはこちらも踏み込んで与えている
と感じるような関係だ。

まるで親戚か家族のような関係かもしれない
(もしかしから本当に親族で集まる機会が増えるかもしれない。)

そういう関係性は
心づよい面もあるが
干渉しあうようで
息苦しく、自分らしさを発揮できないように感じる面もあるだろう。

しかし、今年の後半は
そうして踏み込んで、味方になり
自分を理解してくれるような友好関係をつくる事が
あなたの居場所をつくり運気を上げる事につながるだろう。

2016年後期 水瓶座 運勢

今、水瓶座は
自分の未来について考える。そんな時期がきているかと思います。
表面的な関わりや肩書き、打算的な付き合いにはとらわれず、
本当に失ってはならないものを探り当てるための時期にきているといえます。

そんななかで
今年の前期は
親類縁者や切っても切れないような縁(或いはそれに近いような踏み込んだ切れない縁)
との繋がり合いとの関わりが多くなりそう。
「あぁ、自分は一人でいきてるんじゃないんだなぁ」と実感しつつも
正直、窮屈で息苦しいと思うかもしれない。

でもその窮屈さを垣間見る事で
水瓶座が見落としがちな、或いは無視しがちな
でも訣して無視できない大事な部分というものを実感することになるだろう。

そうして今年の後半

吹っ切れたように
今度は血縁のような狭い範囲ではなく色んな要素をもった人や環境との出会いを求めて
動き回る時期に突入。

例えるならば、五感で世界を味わう感じに。

ウィンドウショッピング的な
浅い観光レベルのケースもあれば

海外やスケールの大きな旅行や遠征する人なども。

そこで出会う人々や物事との感触から
相手から寄せられるニーズとこちらの意欲や適正など

色々な出会いを感触として確かめていく
そうしていくうちに

「私はこういう分野でいきよう」というような
新たな決意が固まるかも。

「近く」と「遠く」
「ここにあるもの」と「あれやこれや」と

その両方の感触を確かめて
今後の方向を見定める。

そんな時期。

2016年後期 山羊座 運勢

今年一年モヤモヤとしたものを
奥の方にため込みがちな山羊座

今年の前期は
そうした気持ちを解決するためにぱぁっとに旅行にいってみた人もいるだろうし
或いは本を読んだりすることで
視点を広げてモヤモヤを解決するための糸口をみつけた人もいるかもしれない。

そうした山羊座の今年の後半は
可能性が大きく広がる時期に入る。

実力とチャンスが相互作用して
今までよりワンランクUPした人脈と関わり合いが生まれるケースや
遠いと思っていた世界に手が届きそうなチャンスと巡り合えたり。

しかし、

後半の山羊座は少し
わきが甘いような
少し楽天的すぎるような
そんなきらいがある。

近道や背伸びを考えたり
対面を気にして汚れ仕事を避けるなどとしていると
あとでメッキがはがれるように
大失態につながる可能性も

雰囲気的には
とても洗練されたものを感じさせる印象を相手に与える時。

でもそれが表面だけのものとならぬよう。
実質的な事にきちんと取り組む姿勢を大切にして◎。

2016.06.16

2016年後期 射手座 運勢 

今年の射手座は
可能性が大きく広がる時期。同時にプレッシャーや試練もある暗示。

いうならば「自分を試す季節」といえる。

そうして前半は出会いやチャンスに恵まれるとともに
チャンスに出逢うということは
先方からこちらにかかる期待や要望もあるわけで
そういう事にいかに応えるか?という事に
丁寧に一生懸命応える時でもあっただろう。

そうして後半は
そうやって一生懸命に活動するうちに
「仲間」や「つながり」が出来上がってる事に気がつくはず。
それは上下関係で出来上がったようなものではなく

対等でフラットな
本当の意味での「仲間」かもしれない。

後期はそうした仲間と友好を深め
社交に華が咲く暗示。

しかし
友達の友達はみな友達と言ったフレンドリーな感じ
なんとなく来る者拒まず去る者追わずな感じで人数は増えていって
だが、いずれ
突出した魅力を持った人や空気を読まない人の出現をきっかけに
仲間の輪もなんとなく自然消滅する可能性も。
そういう風になる事が
少しさみしい気がするかもしれないが
仲間の輪を固定したり固めすぎたりしないで
そのまま流動的に集まる場の方が良いだろう

なぜなら
まずは
様々なタイプの人との
対等な出会いのなかで
既に必要なくなったルールや自分のこだわりから
自由になれるような視点をつかむ時期でもあるからだ。